公開日:2026年7月4日 更新日:2026年9月2日 執筆:池田哲郎(中小企業診断士・認定経営革新等支援機関/池田計画合同会社 代表)
「最低賃金がまた上がる。どうせ賃上げするなら、設備投資の費用も少しは戻ってこないだろうか」——山梨県内の経営者から、最近こうしたご相談が増えています。そこで候補に挙がるのが、賃上げと設備投資をセットで行うと使える業務改善助成金です。
結論から言えば、業務改善助成金は「社内で最も低い時給(事業場内最低賃金)を一定額以上引き上げ、あわせて生産性が上がる設備を導入した中小企業・小規模事業者に、その設備投資費用の一部を助成する厚生労働省の制度」です。令和8年度(2026年度)は50円・70円・90円の3コースに整理され、助成率は最大4/5、事業主あたりの年間上限は最大600万円。令和8年度の交付申請は2026年9月1日に受付が始まりました。
はじめに一つだけお断りしておきます。業務改善助成金は「補助金」ではなく「助成金」で、しかもお金は後払い(先に全額立て替える)です。ここを取り違えると資金繰りで苦しくなります。私は元銀行員として長く法人融資の審査に携わってきました。その目線も交えて、制度の中身と、山梨県で申請するときの注意点を実務目線で整理します。
業務改善助成金とは?補助金との違いを一言で
業務改善助成金は、事業場内最低賃金(その事業場で最も低い時間当たり賃金)を一定額以上引き上げ、生産性向上に資する設備投資などを行った中小企業・小規模事業者に対して、その設備投資にかかった費用の一部を助成する制度です。最低賃金の引き上げが続くなかで、賃上げの原資を「生産性向上」で生み出してもらうことを狙った、厚生労働省の支援策です。
よく混同されるのが「補助金」との違いです。ざっくり言えば、補助金(経済産業省系)は事業計画の中身を審査で競い、採択されないともらえないのに対し、助成金(厚生労働省系)は決められた要件を満たせば原則受給できるという性格の違いがあります。業務改善助成金は後者で、賃上げと設備投資という「要件」を満たすことが基本になります。補助金と助成金の考え方の違いは、補助金と助成金の違いを解説した記事で詳しく整理していますので、あわせてご覧ください。
ただし「要件を満たせば原則もらえる」とはいえ、予算の範囲内で交付する制度なので、申請が多ければ期間の途中で募集が締め切られることがあります。この点は補助金と同じ緊張感を持っておいたほうがよい、というのが実務の感覚です。
対象になるのはどんな事業者・労働者?個人事業主でも使える?
対象になるのは、中小企業・小規模事業者で、労働者(従業員)を雇用している事業場です。中小企業に当たるかどうかは、業種ごとの「資本金・出資総額」または「常時使用する労働者数」のいずれかで判定します。法人だけでなく個人事業主も対象で、従業員を1人でも雇っていれば申請の土俵に乗ります。
ここで誤解しやすいのが、「6か月経過」「雇用保険の被保険者」といった条件です。令和8年度の厚生労働省交付要領では、賃上げの基準となる事業場内最低賃金は、雇入れ後6か月を経過し、申請書の提出日に雇用保険の被保険者である労働者のうち、最も時給が低い人の額で判断するとされています。つまりこの条件は、賃上げの基準となるこの1人(=事業場内最低賃金にあたる人)に係るもので、従業員全員がこの条件を満たしている必要はありません。少なくとも1人、条件を満たす人がいることが出発点になります。
そのうえで、基準額より時給が低い人(入ってまだ6か月未満の人を含む)がいる場合は、その人たちの時給も、引き上げ後の事業場内最低賃金まで引き上げる必要があります。また、助成の上限額を決める「引き上げた人数」についても、令和8年度は、この人数に数える労働者が雇用保険の被保険者であることが前提とされています。具体的には、基準となる人に加えて、基準額の引き上げによって時給を追い抜かれる人も、同じコースの引き上げ額以上を引き上げれば算入できます。なお、ここまでの「雇用保険被保険者」という条件は、令和7年度の交付要領には明記されておらず、令和8年度で明確化されたものです。以前の年度の感覚のまま条件や人数を数えると要件や上限額の見込みがずれる可能性があるため、必ず令和8年度のルールで確認してください。ここは上限額の計算に直結するので、自社の賃金台帳をもとに早めに確認しておきたいポイントです。
いくらもらえる?助成率と上限額(コース別の早見表)
助成される金額は、「設備投資などにかかった費用 × 助成率」と「コースと引き上げ人数で決まる上限額」の、いずれか低いほうです。順に見ていきます。
助成率は「今の事業場内最低賃金」で決まる
助成率は、引き上げ前の事業場内最低賃金の水準で2段階に分かれます。
| 引き上げ前の事業場内最低賃金 | 助成率 |
|---|---|
| 1,050円未満 | 4/5(80%) |
| 1,050円以上 | 3/4(75%) |
時給が低い事業場ほど助成率が高くなる仕組みです。ここで山梨県の経営者に注意していただきたいのが、山梨県の最低賃金はすでに1,052円(2025年12月1日発効)まで上がっているという点です。つまり山梨県内で普通に最低賃金を守って賃金を払っていれば、多くの事業場は「1,050円以上=助成率3/4」に該当します。「4/5になるはず」と思い込んで資金計画を立てると、あとで差が出ます。
上限額はコースと引き上げ人数で決まる
令和8年度のコースは、事業場内最低賃金を「いくら引き上げるか」で3つに分かれます。50円コース(50円以上)、70円コース(70円以上)、90円コース(90円以上)です。引き上げ額が大きいコースほど、上限額も大きくなります。
| コース | 引き上げ人数 | 上限額(30人以上) | 上限額(30人未満) |
|---|---|---|---|
| 50円コース | 1人 | 30万円 | 40万円 |
| 2〜3人 | 40万円 | 70万円 | |
| 4〜5人 | 70万円 | 70万円 | |
| 6〜7人 | 90万円 | 90万円 | |
| 8人以上 | 110万円 | 110万円 | |
| 70円コース | 1人 | 40万円 | 50万円 |
| 2〜3人 | 50万円 | 100万円 | |
| 4〜5人 | 130万円 | 130万円 | |
| 6〜7人 | 180万円 | 180万円 | |
| 8人以上 | 230万円 | 230万円 | |
| 90円コース | 1人 | 90万円 | 100万円 |
| 2〜3人 | 150万円 | 240万円 | |
| 4〜5人 | 270万円 | 270万円 | |
| 6〜7人 | 360万円 | 360万円 | |
| 8人以上 | 450万円 | 450万円 |
「最大600万円」という数字を目にした方も多いと思います。これは90円コースで10人以上を引き上げ、かつ後述の「特例事業者」に該当する場合の上限です。10人以上の区分(50円130万円・70円300万円・90円600万円)は特例事業者向けであり、すべての事業者がいきなり600万円もらえるわけではありません。小規模な事業場では、現実には数十万円〜数百万円のレンジになることがほとんどです。数字の大きさに引っ張られず、自社のコース・人数で上限を確認するのが実務の第一歩です。
「特例事業者」なら上限と対象経費が広がる
次のいずれかに当てはまる事業者は「特例事業者」として、上限額の拡大や対象経費の拡大が受けられます。
- 賃金要件:事業場内最低賃金が1,050円未満であること
- 物価高騰等要件:申請前の直近6か月間の平均利益率が、前年同期に比べて3%ポイント以上低下していること
物価高騰等要件に当てはまる特例事業者は、通常は対象外のパソコン・タブレット・スマートフォン等の端末や周辺機器も、新規購入に限って対象経費に加えられます。原材料高やエネルギー高で利益が圧迫されている事業者向けの救済枠、というイメージです。
令和8年度(2026年度)は何が変わった?
ここが今回いちばんお伝えしたいところです。業務改善助成金は年度ごとにコース区分やスケジュールが変わる制度で、令和8年度も見直しが入りました。ネット上には令和7年度以前の内容のまま書かれた解説記事も多く残っているので、古い年度向けの数字をそのまま自社に当てはめないよう注意してください。令和8年度の主なポイントは次のとおりです。
- 交付申請は2026年9月1日に受付が始まりました(厚生労働省が2026年4月22日に令和8年度の交付要綱等を公開)。通年でいつでも出せるわけではないので、募集時期を逃さないことが大切です。
- コースは50円・70円・90円の3コースに整理されています。
- 賃上げは交付決定を受けた「後」に実施するのが原則です。先に賃上げしてしまってから申請、という順番は認められません。
申請期間は、厚生労働省の公表によれば2026年9月1日から「申請事業場の都道府県で適用される地域別最低賃金の発効日の前日」または「2026年11月30日」のいずれか早い日までです。ここが山梨県の経営者には効いてきます。山梨県最低賃金は2026年8月28日の答申で1,113円とされ、効力発生日は2026年11月1日の予定です(山梨労働局)。答申どおり決定されれば、山梨県での申請期限は2026年10月31日になります。全国一律で11月30日まであると思って構えていると、ひと月分足りません。加えて予算の範囲内で早期に締め切られることもあるため、設備の選定と見積取得は9月のうちに終える前提で動いてください。