公開日:2026年6月29日 最終更新:2026年7月12日 執筆:池田哲郎(中小企業診断士・認定経営革新等支援機関/池田計画合同会社 代表)
「創業融資を受けたいが、自己資金はいくら必要なのか」「日本政策金融公庫の審査は何を見られるのか」「一度落ちたら終わりなのか」。創業前の経営者から、最も多くいただくのがこうした不安です。
結論から言えば、創業時の資金調達の中心は、日本政策金融公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金」です。融資限度額は7,200万円、原則として無担保・無保証人での利用も相談できます。かつての「自己資金は総額の10分の1以上」という形式要件は撤廃されましたが、自己資金と創業計画書の中身が、通るか落ちるかを今も大きく左右します。
はじめにお断りしておくと、創業融資(=借りるお金)と補助金(=返済不要の給付)は別物です。「創業融資は返済不要」という誤解をときどき耳にしますが、融資は当然ながら返済が必要です。この記事は前者、つまり日本政策金融公庫からの創業融資を、元銀行員として融資審査を担当してきた「審査する側」の視点から、通すための実務に絞って解説します。山梨県で創業する方に向けた地元の話も最後に添えます。
なお、本記事は制度・必要書類・創業計画書の書き方といった申請手続きの全体像をまとめた網羅ガイドです。審査で落ちる人の共通点と、通過率を高める具体的な対策は、姉妹記事公庫の融資審査に落ちる人の共通点と5つの対策で深掘りしています。
創業融資とは──日本政策金融公庫の「新規開業・スタートアップ支援資金」
創業融資とは、これから事業を始める方や、創業して間もない方が、開業資金や当面の運転資金を借り入れる融資の総称です。民間銀行はまだ実績のない創業者への融資に慎重なため、創業期は政府系金融機関である日本政策金融公庫が中心的な選択肢になります。
「新創業融資制度」は廃止されています(よくある誤解)
かつて公庫の創業融資の代名詞だった「新創業融資制度」は、2024年3月31日をもって取扱いが終了(廃止)しました。現在は「新規開業・スタートアップ支援資金」(旧・新規開業資金)に引き継がれています。ネット上には旧制度を前提にした古い解説も多く残っていますので、情報の日付に注意してください。
制度の主な内容(2026年時点)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 新たに事業を始める方、または事業開始後おおむね7年以内の方(適正な事業計画の策定・遂行能力が前提) |
| 融資限度額 | 7,200万円(うち運転資金には別途上限の定めがあります) |
| 返済期間 | 設備資金:20年以内/運転資金:10年以内(いずれも据置期間5年以内) |
| 利率 | 基準利率。女性・若年(35歳未満)・シニア(55歳以上)など一定の要件に該当すると特別利率が適用される場合あり |
| 担保・保証人 | 希望を聞きながら相談(無担保・無保証人での利用も可能) |
※利率・限度額・要件は改定されることがあります。申込前に必ず公式サイト(日本政策金融公庫 新規開業・スタートアップ支援資金)と最新の適用金利をご確認ください。
創業融資の必要書類【ステージ別に整理】
必要書類は「いつ必要か」で整理すると準備がスムーズです。公庫の正式な様式・要否は申込時にご確認いただくとして、一般的な流れは次のとおりです。
申込前に用意するもの
- 創業計画書(公庫所定の様式。最重要。後述)
- 設備の見積書(設備資金を借りる場合)
- 許認可が必要な事業の許認可証(または取得見込みがわかる資料)
- 自己資金を確認できる通帳(コピーではなく原本提示を求められることがあります)
申込時・面談で確認されるもの
- 本人確認書類、(法人なら)登記事項証明書、(個人で前職があれば)源泉徴収票や確定申告書
- 借入があれば返済予定表、住宅ローンや車のローンの状況
- 店舗・事務所の賃貸借契約書(または物件資料)
信用情報(CIC等)は必ず見られます
公庫は申込者の信用情報(CIC等)を必ず照会します。クレジットカードや各種ローンの延滞・債務整理の記録があると、審査に大きく影響します。心当たりがある方は、申込前に自分の信用情報を開示請求して状況を把握しておくのが安全です。CIC・JICC・KSCそれぞれの開示請求の手順・費用と、キズがあった場合の具体的な対処は、姉妹記事の「信用情報を事前に開示請求して確認する」で詳しく解説しています。
創業計画書の書き方──審査の合否はここで決まる
創業融資の審査で最も重要なのが創業計画書です。私が金融機関で融資審査を担当していた経験から言える、評価される書き方のポイントを挙げます。
強みは「主観」ではなく「客観データ」で裏付ける
「頑張ります」「自信があります」「絶対に成功させます」。こうした主観的な言葉は、審査ではほとんど評価されません。強みは客観的なデータや事実で裏付けるのが鉄則です。前職での実績、保有資格、見込み客の数、すでにある取引先や予約状況。具体的な事実があるほど、計画の信頼度は上がります。
数字は必ず「業界平均」と比べる
売上・原価率・人件費比率・利益率といった数字は、必ず業界平均と並べて確認してください。一見「いい数字」でも、業界平均からかけ離れていると、審査側は「この計画は甘いのでは」と疑います。逆に、業界平均を踏まえた現実的な数字は、それだけで説得力を持ちます。
「広告宣伝費ゼロ」の計画は疑われやすい
意外に思われるかもしれませんが、広告宣伝費をかけないビジネスモデルは、かえって金融機関に疑われます。広告費ゼロだと営業利益率が40%を超えることがあり、審査側は「楽観的すぎる」と感じるのです。自分の足で営業する、SNSを自社運用する——そうした方針であれば、「なぜ広告費がかからないのか」を具体的に説明し、集客の裏付けを示してください。
売上は「経路別」に分解して根拠を示す
「月商◯◯万円」と総額だけを書くのではなく、客数×単価、販売チャネル別など、売上を分解してその根拠を示します。分解されていない売上目標は、根拠のない願望に見えてしまいます。創業計画書の数字の作り方は、考え方の土台として中期経営計画の作り方や固定費から逆算する「生存売上」の出し方も参考になります。こうして分解した売上・原価・利益の数字を月単位の表に落とし込んだものが収支計画書、複数年の見通しまで広げたものが財務モデルです。作成手順は収支計画書の書き方、財務モデルの作り方にまとめています。
元銀行員の審査視点──ここで落とす
ここからが、競合のサイトにはあまり書かれていない「審査する側」の視点です。私が融資審査で実際に見ていたポイントをお伝えします。
公庫の融資は「一発勝負」と心得る
覚えておいてほしいのは、公庫への融資申請は一発勝負だということです。「希望額で通らなかったら金額を下げて再審査」という融通が、必ずしも利くわけではありません。提出した計画がそのまま審査の基準になります。だからこそ、最初に出す計画を慎重に組む必要があります。
資金繰り計画の「月末残高」がマイナスにならないか
審査側がまず確認するのは、資金繰りが回るかどうかです。月末の現預金残高が一度でもマイナスになる計画は、その時点で説得力を失います。営業活動による収支がプラスに転じる時期を明示し、そこから無理なく返済が始まる設計にしてください。この確認に使うのが資金繰り表です。作り方とテンプレートは資金繰り表の作り方にまとめています。
「生計費」を甘く見積もっていないか
創業計画でよく見落とされるのが、経営者自身の生活費(生計費)です。売上から経費を引いた残りで生活していけるのか。最低限の生計費を計画に織り込んでいない計画は、現実味に欠けると判断されます。創業初期は、生計費を最低賃金ベースで堅めに見積もるくらいが安全です。
据置期間は「制度の上限」と「現実」を分けて考える
制度上、据置期間は最長5年以内とされています。ただし運転資金については、実務上は据置1年程度が現実的な上限と考えておくほうが計画は組みやすくなります。据置を長く取りすぎた計画は、返済の本気度を疑われることもあります。
公庫の審査で落ちる人には、さらにいくつかの共通点があります。具体的な共通点と対策は、元銀行員が教える日本政策金融公庫の審査──落ちる人の共通点と通るための5つの対策で詳しく解説しています。
自己資金──「要件撤廃」の正確な意味と、実際の重要性
「自己資金がなくても創業融資は受けられますか」というご質問をよくいただきます。正確に説明します。
かつての新創業融資制度には「創業資金総額の10分の1以上の自己資金」という形式要件がありました。2024年の制度廃止に伴い、この形式要件は撤廃されています。そのため「自己資金ゼロでも申込みは可能」です。
ただし、形式要件がなくなったことと、自己資金が審査で重要でなくなったことは別の話です。自己資金は「どれだけ本気で準備してきたか」を映す鏡として、今も重視されます。コツコツ貯めてきた自己資金は、それ自体が事業への覚悟の証明になります。
注意したいのが、いわゆる「見せ金」です。融資のために一時的に親族から借りて口座に入れたお金は、通帳の入出金の流れを見れば、審査側にはほぼ見抜かれます。どのように貯めてきたかという「お金の出所と経緯」まで見られると考えてください。自己資金は、計画的に・自分の力で準備してきた事実が伝わることが大切です。